昨日の言い訳だとかアニメ「生徒会の一存」だとか
評論、エッセー、およびそれに準ずるモノ|2009/11/06(金) 02:06:53
〜世の中は共存か屈服かだ。〜
ルノーも怪しいらしいですね、こんばんは、鵲です。
トヨタの撤退から一夜あけて、ルノーも撤退するような噂が立ってますね。昨日は商業的って書きましたけど、あれは運営的な意味ではけしてありえないことはわかってます。正しく言うならば"参加する側の意欲として商業的な成功を目的”とすることですね。勝っても得られるのは名誉のみというオリンピックかっ!というようなお話をしたのでした。
〜アニメ・生徒会の一存に青春の侘寂を見た〜
とある理由からみることになったアニメ「生徒会の一存」。噂はあまりよくなかったですし、あまり暇もないのでスルーするつもりだったのですが・・・・・・
わしはそこに侘・寂を見るに至ったのであります。
※わしは原作は読んでませんので、原作についての知識はありません。当然、アニメの内容にしか触れません。
アニメ「生徒会の一存」、表面を眺め、わしのない頭でざっくばらんに分類してしまえば「ハーレム系学園萌アニメ」と言ってしまえるかもしれません。1話の始まりといい、ところどころに見られる他作品の模倣、いや、もうコピーといった方がいいでしょう。そのあたりがあまり良い噂を聞かない原因かも知れません。
キャラは昨今では典型的ともいえるような外見、わかりやすいほどの性格や設定。言ってしまえば、ありきたりで薄っぺらい印象です。ストーリーも生徒会室からほとんど出ることなく問題を持ち込んではバタバタして終了といった感じで、一話完結で深く掘り下げていくことも難しい上にとくに盛り上がるようなところもない。絵は大きく崩れることはないものの、味があるわけでなし。絵柄そのものも特段個性的ということもなく。見方によっては「内容のない見た目でヲタを釣りたいだけの三流萌アニメ」という見方すらできるでしょう。
ただ、他作品のコピーに関しては引きずることなくさっぱりと単発で、かつステレオタイプとして使ってくるあたりはコピーの是非はともかく表現としては好感がもてました。
それにしても特別面白くもなく、たいして楽しくもない…。そんなアニメを観たわけではありますが、見終わったときに尾を引くものがありました。最初その正体には気づかなかったわけですが、2話、3話と観進めていくうちに観ることが苦ではなくなってきました。それどころか、そこはかとないほほえましさを感じたのです。そこでわかったのです、昨今のアニメが見失いかけている2次元の次元が異なるがゆえに持ちえたその隠れた表現力を「生徒会の一存」は持っていると。
さて、立ち返ってみるとストーリーはいつも小さな範囲で収まっています。ストーリーのベースとなる日常は少しも突飛ではなく、ネタや誇張はあるものの至って平凡な日常。飛び込んでくる問題も、けして大事ではなく、ネタとしてもよくある、現実の学校生活でも十分起こりうるような平凡な問題です。それを(現実の視点からみれば)変わったキャラクターたちが解決して……してないことも多いくらいです(放送される範囲内では)。そしてそんなストーリーから覗く小さな非日常の発見と現実。ヘンな言い方をすれば"小さなセカイ系"。涼宮ハルヒやEVAのような”大きなセカイ系”ではなく、小さな小さなセカイ系。
自分にとっては大ごとであっても、周りからみれば大したことのない、そんなセカイ。理想から離れていることを自覚しながらも、もがくように理想を追い、夢を語り、そしてまた現実に追われ、ときとして些細な発見に出会う。これは誰もが持ちえる青春時代に抱いた幻想のカケラではないか?まるで砂浜に築いた砂の城のような青春の侘・寂。それが作品から尾を引いていたのだと、そんな風に思いました。
同じものを表現するにもいろいろな方法があると思いますが、これはわしがまさに3次元ではなしえない表現法だと思いました。
2次元は”リアル”でないので…というのはよく聞く話です。これはもちろんその通りでしょう。わしもヲタになる前はそんな風に思っていました。しかし3次元では見た目が”リアル”であるがゆえに、見た目の”リアル”に囚われすぎて伝わらないものがあるように感じて、わしは胸を張って2次ヲタであろうと思ったのです。もちろん、見た目のきらびやかさ、とても人間の手が描きだしたとは思えないような滑らかな動き、巧みなストーリー運び、鮮やかな伏線回収…そういったものを持つ作品も大好きで、わし自身も大切な見失うことはしょっちゅうです。
しかしあえて、わしがヲタたるもののあるべき姿勢を挙げるのであれば、図書館をも凌駕しうる作品や業界の知識、集めたグッズ、かけたお金、参加したイベント、そのいずれでもなく、伝わってくる作品を感じることだろうと思うのです。
伝えたいことをリアル伝えることが表現の一つならば、伝えたいことを一般化・普遍化・抽象化した上で仮初の身体を纏わせ、ツクリモノのセカイに放つこともまた表現。
こう考えていくと、まるであえて、わかりやすいほど薄っぺらそうなキャラクター、どこにでもあるようなストーリーにしているかのように、アニメ「生徒会の一存」とはまさにそういった類の作品なのではないのかとすら思えてくるのでした。
長々とコッパズカシイことを書いてしまったなぁ…明日も早いうえに人前で発表しないといけないことがあるのに…。猛省。
ルノーも怪しいらしいですね、こんばんは、鵲です。
トヨタの撤退から一夜あけて、ルノーも撤退するような噂が立ってますね。昨日は商業的って書きましたけど、あれは運営的な意味ではけしてありえないことはわかってます。正しく言うならば"参加する側の意欲として商業的な成功を目的”とすることですね。勝っても得られるのは名誉のみというオリンピックかっ!というようなお話をしたのでした。
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〜アニメ・生徒会の一存に青春の侘寂を見た〜
とある理由からみることになったアニメ「生徒会の一存」。噂はあまりよくなかったですし、あまり暇もないのでスルーするつもりだったのですが・・・・・・
わしはそこに侘・寂を見るに至ったのであります。
※わしは原作は読んでませんので、原作についての知識はありません。当然、アニメの内容にしか触れません。
アニメ「生徒会の一存」、表面を眺め、わしのない頭でざっくばらんに分類してしまえば「ハーレム系学園萌アニメ」と言ってしまえるかもしれません。1話の始まりといい、ところどころに見られる他作品の模倣、いや、もうコピーといった方がいいでしょう。そのあたりがあまり良い噂を聞かない原因かも知れません。
キャラは昨今では典型的ともいえるような外見、わかりやすいほどの性格や設定。言ってしまえば、ありきたりで薄っぺらい印象です。ストーリーも生徒会室からほとんど出ることなく問題を持ち込んではバタバタして終了といった感じで、一話完結で深く掘り下げていくことも難しい上にとくに盛り上がるようなところもない。絵は大きく崩れることはないものの、味があるわけでなし。絵柄そのものも特段個性的ということもなく。見方によっては「内容のない見た目でヲタを釣りたいだけの三流萌アニメ」という見方すらできるでしょう。
ただ、他作品のコピーに関しては引きずることなくさっぱりと単発で、かつステレオタイプとして使ってくるあたりはコピーの是非はともかく表現としては好感がもてました。
それにしても特別面白くもなく、たいして楽しくもない…。そんなアニメを観たわけではありますが、見終わったときに尾を引くものがありました。最初その正体には気づかなかったわけですが、2話、3話と観進めていくうちに観ることが苦ではなくなってきました。それどころか、そこはかとないほほえましさを感じたのです。そこでわかったのです、昨今のアニメが見失いかけている2次元の次元が異なるがゆえに持ちえたその隠れた表現力を「生徒会の一存」は持っていると。
さて、立ち返ってみるとストーリーはいつも小さな範囲で収まっています。ストーリーのベースとなる日常は少しも突飛ではなく、ネタや誇張はあるものの至って平凡な日常。飛び込んでくる問題も、けして大事ではなく、ネタとしてもよくある、現実の学校生活でも十分起こりうるような平凡な問題です。それを(現実の視点からみれば)変わったキャラクターたちが解決して……してないことも多いくらいです(放送される範囲内では)。そしてそんなストーリーから覗く小さな非日常の発見と現実。ヘンな言い方をすれば"小さなセカイ系"。涼宮ハルヒやEVAのような”大きなセカイ系”ではなく、小さな小さなセカイ系。
自分にとっては大ごとであっても、周りからみれば大したことのない、そんなセカイ。理想から離れていることを自覚しながらも、もがくように理想を追い、夢を語り、そしてまた現実に追われ、ときとして些細な発見に出会う。これは誰もが持ちえる青春時代に抱いた幻想のカケラではないか?まるで砂浜に築いた砂の城のような青春の侘・寂。それが作品から尾を引いていたのだと、そんな風に思いました。
同じものを表現するにもいろいろな方法があると思いますが、これはわしがまさに3次元ではなしえない表現法だと思いました。
2次元は”リアル”でないので…というのはよく聞く話です。これはもちろんその通りでしょう。わしもヲタになる前はそんな風に思っていました。しかし3次元では見た目が”リアル”であるがゆえに、見た目の”リアル”に囚われすぎて伝わらないものがあるように感じて、わしは胸を張って2次ヲタであろうと思ったのです。もちろん、見た目のきらびやかさ、とても人間の手が描きだしたとは思えないような滑らかな動き、巧みなストーリー運び、鮮やかな伏線回収…そういったものを持つ作品も大好きで、わし自身も大切な見失うことはしょっちゅうです。
しかしあえて、わしがヲタたるもののあるべき姿勢を挙げるのであれば、図書館をも凌駕しうる作品や業界の知識、集めたグッズ、かけたお金、参加したイベント、そのいずれでもなく、伝わってくる作品を感じることだろうと思うのです。
伝えたいことをリアル伝えることが表現の一つならば、伝えたいことを一般化・普遍化・抽象化した上で仮初の身体を纏わせ、ツクリモノのセカイに放つこともまた表現。
こう考えていくと、まるであえて、わかりやすいほど薄っぺらそうなキャラクター、どこにでもあるようなストーリーにしているかのように、アニメ「生徒会の一存」とはまさにそういった類の作品なのではないのかとすら思えてくるのでした。
長々とコッパズカシイことを書いてしまったなぁ…明日も早いうえに人前で発表しないといけないことがあるのに…。猛省。



